【金澤神社】
かなざわじんじゃ
石川県金沢市兼六町1‐3
祭神 菅原道真公 白蛇竜神 白阿紫稲荷大明神 琴平大神 前田斉広公 前田斉泰公
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《由緒》寛政6年(1794)加賀藩11代藩主前田治が藩校明倫堂、経武館の鎮守として前田家の先祖とされる菅原道真の御舎利を奉斎する天満宮を創建しました。兼六園の造園のため藩校は移転しましたが、12代藩主の時に建てられた竹沢御殿の鎮守として金運・災難除けの神である白蛇竜神、商売繁盛の神である白阿紫稲荷明神、交通安全の神である琴平明神を合祀して引き続きこの地に祀られています。一般人が参拝できるようになったのは明治7年、兼六園が一般公開されてからのことでした。
▲こちらが兼六園からの入り口です。私は石川護国神社から参拝したので別の裏参道から入りこんだようです…。
▲鳥居をくぐり階段を上ると神門が見えてきます。平成2年に老朽化により解体され、平成5年に復刻されました。納められている神像からは7代藩主前田直時の時代のものであるという記録が発見されています。
▲手水は境内の井戸からのくみ上げで「金城霊沢」の地下水源と同じだそうです。カルシウム、鉄分が多く、日本百名水にも数えられています。手水の他飲用としても使わせていただけるようです。
金城霊沢は藤五郎という農夫が芋を洗うと砂金がたくさん出てきたという伝説が残っているところです。金沢の地名にもなっているお話ですね。
▲拝殿は改修中のため前面が覆われており、かろうじて社殿に続く階段と依り代の金幣が見えます。
▲瓦葺きの屋根の上には鳳凰がみえます。せめて鳳凰だけでも写真をと思ったのですが、光の加減で真っ黒ですね(笑)
▲白阿紫稲荷神社。13代藩主前田斉泰によって奉斎されました。明治維新の後は東京の前田邸に移されましたが、旧藩士の懇願により、再びこの神社に戻ったそうです。
▲御朱印をいただくとこちらの参拝記念の栞を挟んでくださいます。
肝心の御朱印ですが、なんと「金」の字の最上部に金箔がついています。これに気づかず、次の神社までビニール製のカバーを挟みっぱなしにしてしまったため金箔が少し落ちてしまいました。もったいない(笑)墨が乾いてからは、ビニールなどの密着性のあるものを挟んだり、強くこするなどしなければ剥げ落ちることはありません。
社殿が完成した暁には是非また参拝したいと思います。