桔梗屋 御朱印の旅

神社ばかりお参りしてまわっております。戴いた御朱印が多くなってきたので、管理がてら公開します。御朱印以外の話も多いかも

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【御朱印の旅】岩手 義経の足跡を訪ねて 一泊二日

旅の始まり

毎年4月頃にもらっている1週間の休暇。今年は家の外壁工事と重なってしまい、シンナーの匂いがするのでこれを避けるために1泊だけ一人旅に出ることに。どうせなら4月の遅い時期でも桜が咲いているところへと思い、15,16日に前から気になっていた岩手へ行くことにしました。 

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事前に立てた計画

1日目

 8:45 やまびこ盛岡行き

 11:23 一ノ関駅

 11:30 東北本線

 11:37 平泉駅 徒歩5分

 12:10 夢乃風 徒歩15分

 13:10 義経公妻子の墓 15分 徒歩7分

 13:30 平泉文化遺産センター 30分 徒歩5分

 13:35 熊野三社 30分 徒歩15分

 13:50 無量光院跡 15分 徒歩15分

 14:20 道の駅平泉 20分

 14:40 平泉世界遺産ガイダンスセンター 120分 徒歩20分

 18:00 平泉駅 山桜桃の湯

2日目

  5:30  起床

  8:30 中尊寺 180分 徒歩10分

 11:30 かんざん亭 昼ごはん 1時間

 12:30 平泉白山神社 30分 徒歩15分

 13:15 平泉レストハウス 30分 徒歩20分

 14:05 毛越寺(世界遺産)60分 徒歩10分

 16:23 JR東北本線普通一ノ関行き

 19:28 東京駅 

 今回のメインはもちろん中尊寺。はじめは平泉駅についたら菓子工房吉野屋さんでティータイムのつもりでしたが、残念ながら定休日でした。他のカフェも色々調べたところ、水曜日がお休みのところが多いようで行ってみたかった場所は全部だめでした。本当は晩御飯に残しておいた夢乃風でお昼を食べることに。新しい土地に一人旅をするのは昨年の台湾以来なのでとても楽しみにしていました。

実際の旅程

1日目

 8:45 やまびこ盛岡行き

 11:23 一ノ関駅

 11:30 東北本線

 11:37 平泉駅 徒歩5分

 12:10 夢乃風 (25分) 12:35発

 12:47 金鶏山入口・義経妻子の墓 (10分) 12:56発

 13:00 熊野三社(10分)

 13:10 平泉文化遺産センター (40分) 13:50発

 14:03 高館義経堂 (17分) 14:20発

 14:27 無量光院跡 (5分) 14:32発

 14:40 道の駅平泉 (25分) 15:07発

 15:07 平泉世界遺産ガイダンスセンター (40分)15:50発

 16:15 道の駅平泉 (45分) 16:58発

 17:01 柳之御所史跡公園 (25分) 17:25発

 17:30 伽羅之御所跡 (5分) 17:35発

 17:40 平泉駅 

 18:00 山桜桃の湯チェックイン

18:35 晩御飯 (35分) 19:10

19:37 舞台見学 (70分) 20:45

20:50 お風呂

21:40 YouTube

23:15 お風呂

01:15 就寝

2日目

06:45 チェックアウト

07:50 白山妙理堂 07:55発

08:05 中尊寺入口

08:35 金色堂チケット

09:00 旧覆堂

09:40 白山神社

10:00 かんざん亭(25分)

10:30 宝物館 讃衡蔵・お土産(1時間)

11:30 鐘楼

12:00 参道入口・お土産(30分)

12:50 観自在王院跡

13:00 毛越寺(宝物館・お茶休憩50分)

13:50 観自在王院跡

14:20 中尊寺入口

14:30 金色堂拝観券発行所土産

15:17 平泉駅

15:50 一ノ関駅

16:50 やまびこ64号

東北本線は一時間に一本しかないのでホームでもたもたしていると「もうすぐ出発するよ、乗る人は待ってるから早く来てね」とアナウンスしてくれます。山桜桃の湯は予約時にお伝えすれば平泉駅から送迎してくれます。車で10分くらいでしょうか。ただし送迎車が動ける時間が決まっていて、午後は6時まで朝は9時からでした。2日目は混み合わないうちに中尊寺に入りたかったので2時間かけて歩くことにしました。

1日目

▲東北新幹線

今回は一人旅初、東北新幹線に乗ります。実は人生で1回しか乗ったことないかも。東海道新幹線は毎年京都へ行くたびに乗っていますが、今回は慣れないので早めに駅につきました。

▲東北新幹線は呪術廻戦とコラボレーションして扉のところにキャラクターが貼ってあります。作者さんが東北出身の方でしたね。全てのキャラクターの写真を撮っているファンらしき女性もいました。

▲今日のおやつ。プッカです。小学生のころ遠足なんかに持って行ってました。懐かしい。

▲一ノ関駅に到着

一ノ関ですが『「世界遺産」浄土の風薫る”平泉”』という看板が出ています。ここから1時間に1本のみの東北本線に乗り換え、2駅目が平泉駅です。

▲先頭車両に乗ったところ、運賃boxがありました。初めて乗ったのでとりあえず車掌さんに聞いてみたら、平泉駅は有人なのでこのboxにお金を入れるのではなく、窓口で清算するとのことでした。窓口には交通系icカードや新幹線の切符で乗った外国人等がたくさん並んでいました。
残念ながら平泉駅前の写真を撮り忘れました。ロータリーになっていて夕方になると送迎待ちの中学生なんかが外にいます。ロータリーの周囲にはご飯屋さんやお土産屋さんが並んでいます。

▲最初に予定を立てた時は菓子工房吉野家のケーキでランチを取ろうと思っていたのですが、まさかの定休日。カフェがありそうな中尊寺通りを進んでみますが、平日に営業しているところはあまり無いようです。予定を変更して夕方まで営業している夢乃風に先に伺います。道中伽羅御所跡入口の看板を通り過ぎました。

▲踏切を渡って大通りに出ます。

▲夢乃風は中尊寺参道入口までの大通りの途中にあります。

▲目の前にはまだ水の入っていない田圃が広がり、蝶々が飛んで長閑な雰囲気です。私の前に中華圏のご家族の方がいて桜の写真を撮っていました。

▲車道を車が通る度に花吹雪が舞います。この日はかなり暖かく、この日一ノ関では22℃近くにまでなったようです。

▲寒いと思って薄手のセーターとコートを着てきたので汗をかきながら歩いていきます。夢乃風が見えてきました。

▲夢乃風

ここはお蕎麦も有名ですが、藤原三代お餅膳が食べられます。クレジットカードは使えません。

藤原三代お餅膳とは平泉の郷土料理でずんだ、あんこ、黒胡麻、クルミ、生姜、お雑煮の6種のお餅を楽しむ名物です。このほか箸休めの漬物と大根おろしもついています。まさか最初の食事から郷土料理を楽しめるなんて。

▲左上に写り込んでいる白い物体はネピアのティッシュです。花粉症だから助かった。

▲昔からある定食屋のような雰囲気でテレビは野球が掛かっていたと思います。ポスターや有名人の物らしき色紙、チラシなどが壁にかかっている中に「竈神様」として黒いお面のようなものが掛かっていました。お冷はセルフです。

▲窓際に座ると駐車場越しに桜が見えます。

隣の席のマダムたちはお餅とお蕎麦のセットや定食を頼んでいたようです。お店の方と顔見知りの人もいるようで観光客に人気だけど地元の方も利用するお店の様です。先に夢乃風に来てしまったので、ご飯を食べながら日程の最終調整をして出発。次は閉門時間がないので後で訪問しようと思っていた義経公妻子の墓へ行くことにしました。

▲義経公妻子の墓は金鶏山にあるため上り坂を進んでいきます。

▲お墓近くのお堂が見えてきました。

▲お墓は金鶏山登山口の近くにあります。金鶏山は藤原基衡が平泉鎮護のため黄金の鶏を埋めたという伝説が残り、多数の甕などが出土しています。平泉の街はこの山を基準にして造られたそうです。

▲奥のお堂は弁財天の幟が出ています。池の中には魚もいます。ここまで来ると誰もいません。風に吹かれた花びらが音もなく池に落ちるばかりです。これは昼間のうちに来てよかった。

▲義経公妻子の墓

境内の片隅にひっそりと残る義経公妻子の墓

もとは千手院境内で300mほど離れた金鶏山の中にあったものをここに遷墓し供養しているとのことです。今でもお酒やお茶、お花がお供えされていました。

 

▲お墓の隣にある千手堂

幟の右側が弁財天、左には南無千手観世音菩薩と書いてありました。

御本尊の千手観音像のほか弁財天、藤原三将軍の御位牌、秀衡公木造、愛染明王像、不動明王像が安置されています。

▲お堂の前には五色の紙垂

▲崇敬者からのお札が打ち付けてあります。「奉修加持…」「奉納…昭和一八年…」「奉納…諸願成就昭和拾五年弐月廿●拾日」「…南無大…」等と読めます。ほとんどが昭和時代の物の様です。

▲こちらは境内社でしょうか?看板に道祖神だけ「一、」とついてなかったのでこれがそうなのかも。お地蔵様もいました。

▲ここでは枝垂桜や椿がみられました。次に予定通り、熊野三社へ向かうため元の道を戻ります。道中お家の前の畑を手入れするご家族とボーダーコリーちゃんがいました。旅行者の私が家に近づいてくるのでワンワン吠えてています。賢い。

▲花立隧道

平泉文化遺産センターの駐車場沿いの土手に水路があり、隧道につながっているようです。文久3(1863)年に崩壊し、有志2名の私財によって140mも改修されたと記されています。この隧道は世界文化遺産センターの駐車場から道路の地下を横断しているそうです。

▲熊野三社

まずは文化遺産センターの向かいにある熊野三社を参拝。

境内には誰もおらず、西洋人男性が1人入って来ただけでした。

高台にあるので境内から町が一望できます。続いて文化遺産センターへ。

 

▲平泉文化遺産センター

▲自動ドアを入るとすぐに平泉の黄金ポスターが見えてきます。

▲エントランス部分の地図。松尾芭蕉の像などもあります。

ここから先は撮影禁止ですが、中には出土した橋桁や甕、籌木などが展示され、パネルによって藤原氏前後の歴史が説明されています。ちょうど入館した時に中華圏の方が通訳を挟んで職員さんの説明を受けていたのですが、職員さんが傍で展示を見ていた私にも「籌木ってわかる?昔トイレで紙の代わりにしていたんだよ」と教えてくれました。

▲照井堰用水

また夢乃風の方へ戻り今度は高館義経堂へ。途中で疎水百選の看板が出てきました。平泉に到着してからあちこちに人工と思われる池も多く、昔から治水に長けた土地であったことが伺えます。

▲もはや懐かしい夢乃風。私の前を同世代っぽい女性が一人で黙々と歩いており、おそらく目的地が同じだとは思うのですが、こちらも急いでいるため付かず離れずしてしまいそこはかとなく気まずいw

▲高館義経堂入口

民家の間に突然看板が出てきます。

少し細い道路に出ますが、まだ車道になっているので往来には気をつけなくてはいけません。この日は1台も通りませんでしたが、義経堂の駐車場が拝観券発行所に隣接しているので観光客の車なんかもありそうです。この近くにもカフェや定食屋さんがありましたがいずれも水曜日は定休日…

▲義経堂は毛越寺の飛び地です。境内には「往古両軍戦死者供養塔」があり、参道の途中に建てらてた石にも何か書いてあるようでした。

拝観料は300円

▲拝観券発行所横の長い階段を登って左手が義経堂、右手が松尾芭蕉の句碑。写真にも写っている通り、平日の午後ですがそれなりに人がいます。

▲階段を昇り切った正面からは北上川と束稲山が見えます。目下国道4号が走っているためかなりのエンジン音が聞こえてきます。

まずは義経堂を目指して左手に進みます。

▲左に進んでみると見えてくる頼三樹三郎の筆跡の残る詩碑

頼三樹三郎は幕末の尊王攘夷派の志士で一時盛岡に逃れていた時期があり、平泉歌を詠んだそうです。三樹三郎は後に安政の大獄で捕らえられ処刑されています。

▲さらに階段を昇っていよいよ義経堂。

▲義経堂は天和3(1683)年に仙台第四代藩主伊達綱村によって創建されました。

▲安置されている義経像は堂創建時に作られたもの。正面はガラス張りになっており、ガラスの中にお供え物がしてあります。下半分は4段の格子戸にガラスが嵌っていますが、どうやら上半分の格子が立てかけてあるようです。

旅行サイトの写真の中には透過している状態で6段になっているものもあるのでおそらくこの格子戸は上下させて全面を覆うことが出来るのだと思われます。

▲義経堂資料館

無人で別途の入館料などもかかりません。

※撮影掲載可否確認済

▲中には仁王像が安置されています。

逆側を見るため最初に昇った階段まで戻ります。

▲左から庚申塔、馬櫪神、三峰山供養塔。一番右はわかりません。

櫪とは厩のことだそうです。

▲階段昇って右手の突き当りに松尾芭蕉「夏草や兵共が夢乃跡」

▲ここからいったん中尊寺通りに戻り世界遺産ガイダンスセンターを目指します。

▲無量光院跡

浄土庭園最高傑作と謳われる12世紀の仏教寺院跡地。『吾妻鏡』によると京都の平等院を模しているそうです。

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▲秀衡によって作られ藤原氏滅亡後に建物が焼失、池は水田になりました。遺跡の状態は良好で昭和の発掘調査によって実際に本堂などが実際に平等院に酷似しており、さらに平等院を上回る規模であったことがわかりました。是非見てみたかったですね。

 

▲伽羅御所跡(?)

Googleマップに伽羅御所跡として案内された場所

普通に民家…どこまでが道でどこからが私有地だったのかもわかりません。石碑も「道標」などと書いてあって伽羅御所跡…なのか?滞在していい場所かもわからないので、すぐにお暇しました。平泉町第12区公民館の近くに伽羅之御所跡という看板が出ていて、秀衡の居所だったということが書かれています。この看板の場所が跡地だったのでしょうか?明確にわかる石碑などはありません。

 

▲柳の御所公園堀

ガイダンスセンターの入り口は柳御所史跡公園になっています。道中、中学生らしき団体を乗せたバスが追い越していきました。

長く歩いて疲れたのと時間に余裕があるようなので、先に道の駅で休憩します。

▲道の駅平泉

道の駅平泉は直角三角形の建物。ガイダンスセンターの向かいにあります。

▲出入り口には色とりどりの花が並んでいます。屋外には100台以上の車が停められる駐車場があります。

▲休憩所の壁がインフォメーションになっています。

お手洗いは複数基設置され設備も整っています。レストランはすでに営業時間を過ぎていましたが、物産館と売店があいていたので金粉黒バニラアイスの食券を購入しました。

▲こちらはバニラアイスに竹炭が練り込んであるそうです。味は変哲のないバニラ味。売店のお姉さんが金粉をふんだんにかけてくれました。

ところでこのアイス、翌日思わぬ効果を発揮します…

一度着席して休憩したところで道路を挟んだガイダンスセンターへ向かいます。

▲岩手県立平泉世界遺産ガイダンスセンター柳之御所資料館

▲この施設は個人での写真撮影・SNSへの掲載が許可されています。但し撮影禁止の展示もありますし、フラッシュ撮影や居座り、スタッフの無許可撮影等常識的に考えてダメなものはダメです。

▲中に入ると松尾芭蕉が迎えてくれます。

入ってすぐのところに映画のような映像展示があります。

▲仏教による世界とのつながりとその歴史

▲平泉の史跡紹介。既に訪れた場所もありテンションが上がります。中尊寺の金色堂など実物が撮影禁止の写真は撮影が禁止されています。

▲他にも中尊寺建立供養願文や投影立体地図

▲毛越寺の庭園の立石レプリカ

 

▲お気に入りの展示1/100平泉館復元ジオラマ

360度に小さな窓と説明文がついていて、窓を覗くと当時の様子が再現されているものです。

▲こちらは堀のあたりを再現したもの。

客人の一行が従者を従え平泉館へ参上している様子だそうです。

この橋は実際に出土した橋脚跡などから復元されたものです。

▲この他外国製の陶器や墨書資料など出土品が多数展示されています。中には『鳥獣人物戯画』と同時期に描かれたカエルの擬人化イラストも。文化の伝播の速度をうかがえるものです。

▲こちらは形代や鏡、呪符などの呪具が展示されています。右側には井戸跡から出土した人面墨書かわらけが展示されています。

▲政務に関わる銅印や木簡から住居の格子戸の欠片、下駄まであらゆるものが展示されています。これが300円程度で見学できるなんて…

▲展示場外には発掘状況を再現した足元展示も。
インフォメーション傍のセレクトショップには少しだけお土産が置いてありますが、御神籤ダルマや和柄布巾、琥珀糖など特に平泉と関連を感じないものばかりです。

ここまで見学してまだ16時前。宿の送迎は18時に申し込んであるので、このまま予定を進めて平泉駅に戻ると時間を持て余してしまいます。本来はここで夢乃風に行く予定でしたが昼間に行ってしまったのでまた向かいの道の駅へ。

▲再び道の駅

さっきもアイスを食べましたがまたアイスです。この日はとにかく暑かった。気仙沼産ゆずみるくジェラートとまじない最中を購入。さっき展示でみたジンメンを口に入れることになろうとはw

ジェラートはジャムが別容器に入っており途中で味変できます。最中は求肥入りでした。

▲そろそろ17時頃なので外へ

響き渡る時報のチャイム。天気が怪しくなってきました…

▲こちらは道の駅を出たところにあるマンホール

無量光院とガンダムに一体何の関係が!?

2022年にバンダイがガンダムマンホールプロジェクトという企画で全国の自治体から設置希望を募集したのが始まりの様です。どうやらかなりの応募があったようですぐに募集を停止しています。

▲柳之御所史跡公園

開園時間が9:00~17:00とありますが、出入り口が開いていて誰もいないのでこっそり見学してしまいました。

この遺跡は『吾妻鏡』の「平泉館」に比定され奥州藤原氏の政務の場と考えられているそうです。

▲発掘調査によって分かった建物の外周を敷石や砂利などでわかりやすくしています。

▲汚物廃棄穴と汚物廃棄穴群

中心建物の近くに1基の廃棄穴があるのですが、敷地の隅には集中して40基も発見されたそうです。このことから用を足した後に中心建物から運び出した汚物は一旦近場の穴に廃棄し、改めて離れたところへ廃棄したと考えられています。

▲柳御所公園堀

再び道の反対側の堀のあたりを見にきました。

▲柳之御所からは時期の異なる2本の空堀が発掘されています。復元されたのはこのうち三代秀衡の頃のものと考えられている内側の堀です。

▲平泉の地形と柳之御所の関係がわかる立体図

国史跡 柳之御所史跡公園

↑こちらのサイトでは地図の詳細と解説を見ることが出来ます。

▲ガイダンスセンターに平行して走り、道を挟んで遺跡の中心部まで続く道路。終着地付近には厩があります。

▲ガイダンスセンター手前の歩道から撮影した堀

左側のくぼみが秀衡時代の堀だそうです。

▲この堀は最大で幅14m、深さ4m、延長500mもあり、全体像は未解明。

▲遺跡の全体像が分かる地図

遺跡のすぐそばに北上川が流れています。

 

そろそろ遺跡を後にして平泉駅へ

▲伽羅之御所跡周辺

時間とスマホの充電に余裕があったので再び伽羅之御所跡周辺を探索。

やはり何度試しても先ほどの畑に出ます。

さっき行った時は上手く写真が撮れなかった平泉町第12区公民館近くの看板も撮影しました。

▲泉屋公園

再び中尊寺通りを通って平泉駅へ

ロータリーで制服姿の男子中学生がお迎えを待っていました。

17:40くらいに駅についてしまったので一度駅の中のベンチで待ち、10分前にロータリーに出たところ、お迎えも時間の10分くらい前に来てくれたので18時にはホテルにつきました。

今回は宿泊するのは『山桜 桃の湯』

部屋風呂がある宿泊施設を選びました。

玄関は本館にあります。玄関にロッカーがあり、靴を脱ぐとロッカーに入れてもらえます。靴の鍵はもらえません。

スリッパなどはなく、靴下での移動です。翌日ホテルからの送迎バスについて確認されましたが、9時からしか運行していないようなので断りました。本館でチェックインを済ませお部屋に案内してもらいます。

今回のお部屋は152号室。別館の桧風呂付客室は全て1階だったと思います。

 

▲山桜 桃の湯 離れ宿

部屋風呂付きのお部屋は全て和室です。ご飯は素泊まり・朝食付き・2食付きから選べますが、これはお部屋に料理を持ってきてくれる場合。この他施設の中にラーメン屋さんや定食屋さん、カフェなどがあるので、別途料金を支払えばご飯を食べることが出来ます。今回は素泊まりで予約し、晩御飯を定食屋さんで食べることにしました。お着き菓子は岩手県の銘菓、湖月堂の金時饅頭。金太郎のパッケージでかわいい。

 

▲お部屋の様子。テレビが2つもあります。お布団は最初から敷いてあるのでスタッフさんが部屋に来ることはありません。時間を気にせずお風呂に入れます。

▲ちょっと気になったのは畳の汚れや虫がたくさん出るところ。畳の隙間からヤスデが出てきたりします。


▲お布団の向こう側にある雪見障子をあけてみると小さなお庭があります。

 

▲こちらはお手洗い。浴室から独立していて手を洗う蛇口もついています。

▲冷蔵庫はなんと家庭用。水差しと氷が入っていますが、ペットボトルはないので気になる人は自販機で購入。

▲洗面所と脱衣所が一体になっています。洗面所には歯ブラシや綿棒などの通常のアメニティの他POLAのクレンジング、フェイスウォッス、ローション、ミルク、フェイス&ハンドソープ。ドライヤーやアイロン、ブラシもあります。備え付けのタオルの他に用意されているフェイスタオルと靴下は持ち帰り可能です。

出てくる水は天然水なので濁る場合があるようです。


▲お風呂場の中。ボディソープ、シャンプー、リンス備え付け。オレンジエキスが入っているらしく爽やかな香りがします。湯舟は源泉かけ流し。備え付けの水道水バルブをひねると冷ますこともできますが、温泉効果が薄まるのでお勧めしないと書かれています。

お風呂はいつでも入れるので、まずは晩御飯を食べます。ラストオーダーは20:30です。

 

▲館内にはいくつか休憩スペースがあります。ここは南国テイスト

 

▲こちらは和室の休憩所

 

▲ご飯を食べるところも複数あり、ラーメン屋さんや軽食屋、売店などが館内に点在しています。これらの食事処は部屋の鍵についているバーコードを読み取ることで利用できます。自動販売機も同様ですので財布を部屋に置いたまま利用することが出来ます。

▲私は定食屋さんで「はっと汁定食」をご飯少な目でお願いしました。

はっと汁は小さな釜を火にかけた状態で提供されるので熱々です。

うどんをシート状にしたものを食べているような感覚ですのでご飯普通盛りにすると食べ過ぎるかもしれません。

▲大衆演劇SHOGEKI

夕食の後は一度部屋へ戻り、大衆演劇の舞台を見に行きました。館内を利用している人は無料で見ることが出来ます。

 

▲19:30からの開催でしたが、部屋に着いたのが35分頃だったため既に始まっています。お座敷ですが一番後ろに椅子の列も設けられていたので一番出入り口に近いところに座りました。

▲会場の左右には垂れ幕がたくさん。花形役者は「澤村紫龍」さんというようです。

▲大衆演劇なのでカツラがド派手。夜の舞台は歌ったりお話ししたりはせずに曲に合わせて踊ります。昼間にはお芝居もやっていたみたいですが、観光を優先したので見ることが出来ませんでした。もう一日泊まれたら見たかった。大衆演劇は外部の方がされているので毎日行われているわけではないようです。日程は事前に宿で確認できるので来ているか見てから予約してもいいかも。

▲途中で傘が翻ってしまうもさっとクールに直します。舞台役者さんはこのようなハプニングにも慣れていらっしゃるようです

 

▲時折観客が舞台に近づくと跪いてくれます。観客はモールのレイのようなものを役者の腰に挟みます。また胸元に白い封筒を挟むお客さんもいました。中には全ての役者さんに用意しているファンの方もいます。役者さんは握手やハグで答えてくれます。

▲この方は舞台を降りて客席の中を練り歩くサービス。決めポーズの時など時折舞台袖から掛け声がかかり、観客はそれに合わせて拍手をします。

 

▲この方は背中に赤富士を背負ったド派手な衣装に歌舞伎のような決めポーズがとてもかっこよかった。

▲舞台はスポットライトがとても強いのでピントを調整しないと白飛びします。役者さんが素早く動き回るのでとても難しい。

▲こちらは女形。動いている姿は本当に華奢で可憐な少女そのもの。だけど写真映りによっては明らかに男性。この写真はちょうど決めポーズを狙ったものですが、後で他の写真をみて「あ、背が高いと思っていたけど男性なんだ!」と驚きました。

▲いよいよクライマックス。黒田節の二人舞が行われます。

だんだん人数が増えて賑やかになり、髭ダンスを踊り始めました。

先ほどかっこいいメイクで踊っていた方たちもいつの間にかギャグメイクになっています。

▲最後のトークタイム中央でマイクを握っていらっしゃるのがおそらく座長の澤村連さん。その隣に座って侍髷と太い眉毛を張り付けられているのは子役くん。声を聴くと舞台の見せ場で声を掛けていたのはこの子です。

▲終幕後、部屋から出ると舞台から降りた役者さんたちが待ち構えていて並んで手を振り見送ってくれました。ファンとの距離が近くとても和やかな雰囲気。お芝居が見れなかったのが本当に残念です。

 

▲舞台も終わったので部屋に戻ってお風呂に入ります。1時間ほど間を於いて3,4回は入ったと思います。日中は暑いほどでしたが日が暮れると肌寒くなってきていたので、体を温めるのにも部屋風呂にしてよかったと思います。

外は夜も更けたころに滝のような豪雨になり、明日まで雨が残る予報だったので少しだけ不安を抱えたまま眠りにつきました。

 

2日目

▲16日05:30頃起床

昨日道の駅で購入した苺とマドレーヌ、パウンドケーキを食べます。宿のバイキングもありますが、7:00からなのでまだやってません。苺の品種は「恋みのり」だそうですが、1~2粒真っ白の苺も入っていました。

ドライフルーツのパウンドケーキとフィナンシェは自然栽培米粉が入っています。製造元を見たらなんと定休日で訪問を断念した吉野屋さんの物でした。

▲山桜桃の湯チェックアウト

本当は6:30に出る予定でしたが少し遅れています。風が強く、時折細かい水滴が落ちてくるようですがとにかく歩きます。

▲来る時は10分くらいだった道程。次第に雨が強くなってきましたが、風もあるので折りたたみ傘は使えません。帽子が飛ばないように両手で抑えて足早に進みます。一人旅なのにこんなところで熊に出会ったらどんな最期だったか家族に知らせる術もありません。とにかくできるだけ早く、立ち止まらずに進み続けます。完全な山道で左手が山、右手が谷になっています。稀に谷の向こうから高速道路の音が聞こえます。あちこちで鳥が鳴き飛び立っていきます。

▲道中であった枝垂れ桜。確かに昨日もこの桜を見ました。近くの神社も通り過ぎましたが、気持ち的に立ち寄る余裕はありません。民家が見えてくるころには、私以外にもリュックを背負った旅行者風の男性などが中尊寺を目指して歩いていたりしてほっとしました。

▲白山妙理堂

ようやく街の中へ。途中のセブンイレブンで傘や合羽を買うか迷いましたが、値段と晴れた時の事を考え断念。ちょうどその頃が雨のピークで妙理堂に着くころには小雨になっていました。荷物になってしまうし我慢してよかった。平日の朝だったので登校中の小学生や見守り隊のおじいちゃんにも会いました。

 

▲昨日も通った中尊寺に続く桜並木

昨日はあんなにきれいだったのに風雨にさらされ一夜にして散ってしまいました。

残念ですが今回の旅は桜を見るために場所や時期を選んだところもあるので、待っててくれたんだなと思うことにしました。

▲弁慶の墓

弁慶は高館焼討の折、主君の籠る堂の扉を守って立ち往生したことが有名ですが、その骸がここに葬られ、五輪塔が建てられたそうです。

 

▲中尊寺入口

8:10風雨にさらされながら1時間20分の道程を経て中尊寺入口に到着。木々の隙間から青空が見えています。参道入口に「熊注意」の看板が出ています。こんな人がいるところでも熊が来るんですね。本当に危なかった。もうすでに何人か参拝の方がいらっしゃっています。参道はかなり急な坂道。母を誘おうかと思っていたのですが、まずは一人で来てみて良かったと思います。今度来る機会があれば誘ってみます。

 

▲八幡堂・弁慶堂

中尊寺の開門時間は8:30分と記されています。参道は解放されているので参拝はできますが、それぞれのお堂はまだ門が閉まっています。

▲参道を進んでいくと拓けた場所があり、平泉の街を見下ろすことが出来ます。ご夫婦の記念撮影を手伝う方がいて和みました。参道は階段から坂道に変わりました。

 

▲8:30をまわったので金色堂へ

まずは拝観券を購入します。チケットは大人1000円。金色堂と讃衡蔵という美術館が拝観できます。令和8年7月からは中尊寺落慶900年を記念し10年ぶりに開帳される秘仏の拝観も含めて1600円でした。時期が合わず残念。

www.chusonji.or.jp

▲金色堂新覆堂

昭和40(1965)年、昭和の大修理によって建てられた新しい覆堂。大岡寛氏による設計でコンクリート製。景観との調和を図るため一切の彩色が排除されたということです。中は撮影禁止ですが、金色堂は強化ガラスに覆われ左右と正面の三面から拝観することが出来ます。昭和の大改修では剥がれ落ちた螺鈿や金箔も張り直されたそうですが、堂内の一部と屋根は金箔の痕跡が発見されず、創建当時に金色だったかわからないため修復後も素木の状態で保存してあるそうです。金色堂の装飾は本当に素晴らしいもので、実は前日までは平泉は一生に一度でいいかなと思っていたのですが、この金色堂を見るためだけにもう一度戻って来たいと思えるくらいのものでした。

中尊寺金色堂新覆堂 大岡實建築研究所

▲有用文化財金色堂旧覆堂

内部から発見された棟札などにより、正応元(1288)年に鎌倉幕府によって建てられたとされています。昭和の大修理によって現在の位置に移築されました。鞘堂とも呼ばれます。

▲現在では内部の一角で昭和の大修理の様子を記録した映像を流しています。その映像によると、堂内には2万7千個もの精巧な螺鈿細工が散りばめられていたけれども、そのほとんどが剥がれ落ちて床に散らばり、修復にあたってはまず拾い集めた細工を柱に残る跡にあてはめ、どの柱のどの部分の装飾なのか、欠損して新たに作らなければいけない装飾はどれかを見極めるところから始めたということでした。


▲回向柱

「奉建寶塔疑藤原秀衡公源義経辨慶八百年遠忌菩提舎也」

と書かれているようです。柱の裏には「告昭和六十一年四月廿日」の日付。大修理から約20年後に建てられたようです。

続いて釈迦堂を経て白山神社へ

▲中尊寺鎮守白山神社 国指定重要文化財野外能楽殿

嘉祥3(850)年、中尊寺開祖の慈覚大師が加賀の白山を勧請して白山権現と呼ばれました。現在国の重要文化財に指定されている能舞台は嘉永6(1853)年に伊達慶邦によって再建されたもので、関白豊臣秀次、藩主伊達政宗参拝の折に観覧された能舞も現在に残っているそうです。ここでは御朱印帳と御朱印をいただきました。御朱印帳、御朱印共に能楽殿のイラスト入りです。

▲午前10時、朝から歩きっぱなしでお手洗いにも行ってなかったので早いですが「かんざん亭」で休憩。

▲ここでは食事をとることもできますが「テラミス」をいただきました。ちょっとコーヒーが水っぽいかも。遠くに雪の積もった山々が見え景色は最高です。

さて、ここでお手洗いをお借りしたのですが、振り返ったらいつもと様子が違う…

黒い、黒いのです。いえ、稀に黒くなることはあると思いますが、食べ物を食べた時の色ではありません。ダークグレー…一瞬唖然とした後気が付きました。私、昨日備長炭アイス食べた…なるほどこんなにハッキリと違いが出るものなのか。炭は多孔質で匂いや不純物を吸着すると言います。その吸着量の多さから食べ過ぎると水分を奪われ便秘になるとまで言われていますが、確かにちょっとお腹が痛かった。

随分すごいものを口に入れたものです。でもこれできっと体の中からすっきりしたはず。

▲さて、ブランチも済ませたので宝物館讃衡蔵に入ります。

この時は仏像や藤原三代の副葬品の他、いまアニメ『逃げ上手の若君』で話題の陸奥国司 北畠顕家が写本した「中尊寺建立供養願文」等も展示されています。実際展示には北畠顕家が表紙を飾る『逃げ上手の若君14巻』が一緒に展示されており、アニメの話題を口にする観覧者もいました。記された年代からするとおそらく19歳の時の物。確か最初の方はきっちり書かれていた文字が最後の方は大きくなっていたような…。

中尊寺にはお土産屋さんもあったのですが、朝から歩き通して荷物を持ったまま毛越寺へ行く元気がありません。金色バウムクーヘンを購入したかったのですが、ネット上には平泉駅前にも売っているようなことが書かれていたので、ここでいったん中尊寺を下山し、麓の平泉レストハウス等でお土産を見たあと、更に下って毛越寺へ向かいました。

▲世界遺産 毛越寺

道中大阿弥陀堂等を経て13時頃に到着しました。このお寺は庭園が世界遺産に指定されており、『吾妻鏡』には500以上の建物が並ぶ最盛期の様子が記されています。

残念ながら建物は全て失われ、本堂は平成元年に建立されたものだそうです。

▲宝物館

平安時代の仏像や梵鐘など発掘遺品が陳列されています。入ってすぐのところには毛越寺の由来でもある白鹿の絵が飾られていました。創建から現在に至るまでの年表もあるので毛越寺がどのように各時代を乗り越えてきたのかがよくわかります。

▲松風庵の笹団子と抹茶で休憩

この後は歩き疲れてしまったので土産を買うために早めに駅前に戻りましたが、なんとお土産屋さんが臨時休業。他に目当てのものを置いている土産屋はなさそう。電車の時間まで2時間半もあったので意を決して金色堂まで戻ります。

▲再び金色堂おみやげ処へ

ここで平泉黄金バウムを2つ、大浪亀の子せんべい金色堂限定パッケージを2つ、奥州はと麦茶を1本購入し、また駅へ戻ります。

▲東北本線

予定より1時間早く駅につきました。もう歩けません。来た時と同じように東北本線に乗り換え、一ノ関へ向かいます。

 

▲待ち時間の間に土産屋で一ノ関名物ごま摺りミルクアイスを購入。

松栄堂のごま摺り団子に入っているごま蜜を練り込んだアイスです。昨日も真っ黒なアイスを食べましたが、こちらは濃厚なごまの風味とさっぱりしたミルクの両方を楽しめます。

この他カスタードケーキ「いのち さくら」を買いました。こちらは青森のお菓子の様です。かもめの玉子は我慢したのですがなんとお会計の際に1ついただいてしまいました。

▲予定通りやまびこに乗車

▲中尊寺のはと麦茶と先ほどのお菓子で名残の茶会。

ずっと歩きっぱなしだったし、ほとんど遺跡の草原巡りだったけど、なんだかんだ楽しかったし思い出もたくさんできました。

▲今回のお土産

平泉レストハウス 弁慶のほろほろ漬け、前沢牛ラーメン

中尊寺 中尊寺限定亀の子せんべい、平泉黄金バウム、奥州はと麦茶

NewDays 弁慶力餅

実は一ノ関駅にはとてもかわいい宮沢賢治グッズも売っていました。今回は義経の旅だったので宮沢賢治には触れなかったけど、また機会があれば宮沢賢治の聖地、花巻にも行ってみたいと思います。

【この旅のお供の御朱印帳】