【被官稲荷神社】
ひかんいなりじんじゃ
《住所》東京都台東区浅草2丁目31‐16
《祭神》倉稲魂神
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《創建》安政2(1854)年
《由緒》安政元(1853)年、上野寛永寺住職輪王時宮の家来、新門辰五郎の妻が重病にかかり、京都の伏見稲荷神社に病気平癒祈願をしたところ、快癒しました。翌 安政2(1854)年、町の人々がそのお礼も込めて伏見から御分霊を勧進し、被官稲荷神社と名付けました。
▲浅草神社社務所のすぐ隣に鳥居があります。御朱印も浅草神社社務所でいただけます。
▲神前には新門辰五郎が奉納した鳥居もあるそうです。
着物を着た外国人などが神前で撮影しており、社務所の後ろに隠れているにも関わらず常に人でにぎわっています。
▲覆屋の屋根。社殿を保護するために大正期に建てられたと思われます。
▲玉垣の外にいる、一番外側の神使が一番新しいと思われます。リアルで現代的な犬っぽい顔立ち。
▲玉垣の中に入るともう少し古そうな神使像があります。台座をみると江戸歌舞伎中村屋の奉納であることが分かりますが、肝心の何代目か書いてある部分は削れてしまっています。
▲他にも風化してしまった狐たちや奉納された鳥居、石鳥居の一部があり、小さいながらも雰囲気のあるお社です。
▲この社殿は創建当時、安政2(1854)年のものだそうです。屋根は杉皮葺き。
▲横からみると屋根が前にせり出しているのが分かります。一間社流造だそうです。
▲社殿の左奥には浅草神社の社務所で頒布している「お姿」が奉納されています。
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