【豐榮稲荷神社】
とよさかじんじゃ
東京都渋谷区渋谷3‐4‐7
《由緒》鎌倉時代に渋谷氏の祖、河崎土佐守基家の曾孫高重によって創建されました。かつては渋谷城の壕として利用されていた渋谷川の辺にあったため、「堀ノ外稲荷」、「田中稲荷」「川端稲荷」とも呼ばれていました。昭和27年に道玄坂上の豐澤稲荷神社が合祀されています。この豐澤稲荷神社は元猿楽町京極家の下屋敷内に祀られていたものですが、明治時代に道玄坂上に遷座し、中豐澤の稲荷祠を数多く合祀しています。同36年には現在地に移り豐榮稲荷神社と改名されました。
▲階段を上ってすぐのところにたくさんの石碑が建っています。よく見ると石に「見ザル・言わザル・聞かザル」が掘ってあります。これは「庚申石塔」で、庚申の日に眠らずに慎み、3年のうちに18回連続で庚申講を開くと奉納される仕組みだったようです。全部で11基あり、社が移築される前は田中稲荷神社の境内にあったものだそうです。
▲参道は途中で若干折れ曲がっています。前回の御大典記念の際に奉納された鳥居たち。確か裏側には奉納者の名前が書いてあったと思います。拝殿に向かって左側には「藏脩館」という建物が建っています。研修道場ということですが、時折剣道をしているかのような声が聞こえることがあります。
▲この日は拝殿の引き戸がほとんど閉まっていますが、全開に開いていることもあります。社務所が開いているところは見たことがありません。道路を挟んですぐ向かいの金王八幡宮で管理をしているため、用があればすぐにお声かけできます。御朱印もそちらで書いていただけますので、またの機会にいただきたいと思います。
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